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『わらのトナカイ(前編)』高橋桐矢

片っぽ角のトナカイは自分の体を見まわしました。金色の体も赤いリボンもどこもかしこも兄弟たちと同じ……いえ、ちがうところが、ひとつだけありました。
「おいらは、片っぽ角のトナカイさ!」

庭のもみの木の下に、わらで作られたトナカイが、5頭ならんでいます。
「雪が降ってきたね!」
「ホワイトクリスマスだあ」
はしゃぐ子どもたちの声を聞いて、トナカイは思いました。灰色の空からふってきて、地面に落ちて消えてゆく、ほこりのようなもの。
……これが、ゆき、かあ。

わらのトナカイたちの体は、わらを針金でしばって、金色にぬってあります。首には赤いリボンを巻いています。
お母さんは、もみの木に電球のコードを巻きつけて、銀のモールもかざって、赤いりんごのオーナメントをたくさんつりさげました。最後に台の上に乗って、てっぺんに金色の星を取り付けました。
暗くなると、電球にあかりがともり、ちかちかとまたたきました。子どもがツリーを見上げてたずねます。
「ねえ、お母さん、クリスマスまだ?」
「もうすぐよ。お父さんが帰ってきたら」

子どもたちは毎日、庭を走りまわって一日中遊びます。小さな男の子がトナカイを手でつかみました。
「これぼくの」
「ぼくのだよ!」
大きな男の子がトナカイの角を引っぱりました。
「いけません! あらあら」
お母さんがあわててトナカイを取り上げましたが、右の角が取れてしまいました。
「さあ、もう寒くなってきたから、お家に入りましょう」
お母さんと子供達を見おくって、片っぽ角のトナカイは、ためいきをつきました。
「やれやれ、とんだ目にあった」
もみの木がくすりと笑います。
「わたしも去年、枝を折られてしまったよ。本当に元気な子どもたちだ」
ちょうど子どもが手をかけやすそうな高さに、枝が折れたあとがありました。
「それにしてもいったい何なんだい。きみってば、そんなにごてごて飾りつけられてさ!」
トナカイの兄弟たちが、もみの木のかわりにこたえました。
「クリスマスツリーだよ。お母さんが言ってたよ。ぼくたちはクリスマスのサンタさんのトナカイだって」
そう言いながらトナカイたちは、クリスマスもサンタさんも知らないのでした。
片っぽ角のトナカイは、ふんと鼻をならしました。
「きみたちはそうかもしれないけど、おいらは違うさ!」
もみの木はだまってにこにこ笑っています。トナカイの兄弟たちは声をそろえてたずねました。
「じゃあ、きみはなんなの?」
「おいら、えーと」
片っぽ角のトナカイは自分の体を見まわしました。金色の体も赤いリボンもどこもかしこも兄弟たちと同じ……いえ、ちがうところが、ひとつだけありました。
「おいらは、片っぽ角のトナカイさ!」

どこからか犬が一匹、庭に迷いこんできて金色のトナカイたちのにおいをかぎました。
「失礼な。きみはなんて名なんだい?」
片っぽ角が兄弟たちを代表してたずねました。
犬はちょっぴり悲しそうにこたえました。
「ぼくは、野良犬だから名前はないんだ」
「ふうん」
片っぽ角は胸を張りました。
「おいらの名前は、片っぽ角!」

クリスマスイブの夜、
「ほうら、お父さんのお帰りだ」
もみの木の声に、うとうとしかけていたトナカイたちが顔を上げると、大きなかばんを持ったお父さんが家に入っていくところでした。
しばらくするとなにやらいいにおいがしてきました。お母さんが言っていた、こんがりチキンと、クリームシチューでしょうか。
「今夜、真夜中にサンタさんが来るんだよ」
もみの木が教えてくれました。
「サンタさんってなに? 」
「きみは知りたがりだね。片っぽ角くん。わたしも知らないんだよ。お母さんがそう言ってたのを聞いただけだから」
片っぽ角はサンタさんを見てみたいと思いましたが、もみの木のまたたく光をながめながら、いつのまにか眠ってしまいました。

次の日もその次の日も、雲一つないよいお天気でした。トナカイたちの背中にお日様の光が当たって金色にかがやきます。
夕方外に出てきたお母さんは、もみの木の電球のコードも赤いりんごも銀のモールもみんな外しはじめました。それから竹ほうきで庭の落ち葉を集めました。
「クリスマスは終ったんだよ」
もみの木の言葉に片っぽ角は小さな声でたずねました。
「じゃあ?」
「そう、もうクリスマスツリーじゃなくてただのもみの木さ」
しばらくして、お母さんはトナカイの兄弟たちをまとめてかかえて庭の真ん中に連れて行きました。
「そうだ、おいもがあったわ」
お母さんが家に入ったすきに片っぽ角はもみの木に聞きました。
「これはなんだい? クリスマスの次はどうなるのさ?」
「そう、多分」もみの木は、ちょっと考えてから続けました。
「たき火をするんだろう。きみたちをもやして」
片っぽ角は首をかしげました。
「もやしたらどうなるのさ」
「けむりになって空にのぼっていくよ。わたしの折れた枝も空にのぼっていったよ」
片っぽ角は飛び上がりました。
「そんなのやだよ。だって、けむりになったら、片っぽ角じゃなくなっちまう!」
片っぽ角は落ち葉の山から飛びおりました。
兄弟たちはだまったままです。
「きみたちが行かないなら、おいら一人で行くよ。けむりになんか、なりたかないやい」
片っぽ角は、そのまま庭を飛び出しました。
町を通って川をこえて、坂道をのぼってくだって、知らない町へ。

毎日少しずつ寒さが厳しくなっていきました。でも片っぽ角のトナカイは、わらでできていましたから、寒いのなんてへいちゃらでした。
ある日、片っぽ角は、公園のベンチに座っていました。ハトが地面をつついていました。
「おいら、片っぽ角っていうんだよ」
ハトは、聞こえなかったのか、いそがしそうに地面をつついています。
「ねえ、きみたちの名前は?」
大声でよびかけると、ハトが、くるっと振り向きました。びっくりしたような丸い目をしています。しばらくして、くぐもった声で答えました。
「知らない」
片っぽ角はハトと話すのをあきらめて、公園を飛び出しました。

春が近づいてきたある日、片っぽ角のトナカイは、茶色いふわふわの小猫に出会いました。
「やあ」
小猫はびくっとして振り向きました。片っぽ角はできるだけやさしい声で言いました。
「おいらは、片っぽ角。きみはなんて名前?」
「知らない」
ひげが震えていました。
片っぽ角はがっかりしましたが、こわがりな小猫をかわいそうに思いました。
「そう、でもまあ。天気はいいし。すこしひなたぼっこでもしようよ」
冬の間、水気を吸って針金がきつくなった体を乾かしたかったのです。
「でも、ぼく、お腹すいてるんだ」
「じゃあ、なんか食べるものをいっしょに探してあげるよ」
トナカイと小猫は、公園のごみ箱でコロッケパンを半分と、べたべたになったアメのかけらを見つけました。
「おいらは食べなくたって平気だからさ、きみ食べなよ」
「ありがと」
小猫は食べおわって、口の回りをなめてから丁寧に顔を洗いました。いつのまにかお母さんや兄弟とはぐれてしまったのだと言いました。
「なら、おいらといっしょにいなよ。それに」いいことを思い付きました。
「きみ、名前がないんだったら、おいらがつけてやるよ。えっと」
小猫はしっぽが少し、まがっていました。
「しっぽまがり……っていうのはどう?」
小猫はガラス玉のような目をきらきら輝かせました。
「うん! すごくいいね!」

片っぽ角のトナカイの体は、すっかり乾くと、針金がゆるくなりました。
雨が降って晴れて、雨が降って、また晴れて、いつのまにか金色のスプレーも所々はげていました。
ある日、通りすがりの子どもが片っぽ角を拾い上げました。
「こんなとこに、わらの犬が落ちてるよ」
「違うよ! これはわらの馬だよ!」
「どろが付いててきたないな」
子供たちは、片っぽ角を投げ捨てて行ってしまいました。

小猫は、すくすくと大きくなりました。相変わらずしっぽはまがっていましたが茶色い背中はつやつやした毛並みに変わっていました。
「片っぽ角さん! ほら、きらきらしててとっても面白いよ!」
しっぽまがりは、公園の小さな用水路に手をつっこんで水をすくっています。はねてこぼれたしずくに、水面がキラキラと輝きます。
「片っぽ角さんもやってごらんよ」
「よーし!」
片っぽ角は用水路にかがみこみました。
ゆらゆら揺れる水面に青い空と何か茶色いものが映っています。
一瞬、びくっとして体を引っこめました。
水面でゆれていた茶色いもの……角どころか、手足さえさだかでない馬のような犬のような薄汚れたもの……それは、自分の姿でした。
「どうしたの? 」
しっぽまがりが不思議そうに聞きました。
「なんでもないよ。ねえ、しっぽまがり、そろそろなんか食べるものを探しにいこうよ」
「うん、ぼく、いい場所知ってるよ! いつもご飯が置いてあるんだ!」
空は青くて、風はあたたかくて、しっぽまがりは、はねるように歩いていきます。ぐずぐずと歩く片っぽ角を、しっぽまがりが大きな声で呼びました。
「早くおいでよ! 片っぽ角さん! 」
片っぽ角は少し体が軽くなったような気がしました。
「もう一回呼んでみてくれる? 」
しっぽまがりは顔をかしげました。
「片っぽ角、さん?」
今度こそ片っぽ角は足取り軽くかけ出しました。
「うん! 今行くよ!」

暑い夏の昼間を、片っぽ角のトナカイとしっぽまがりは日かげでお昼寝して過ごしました。
夕方涼しくなると連れ立って出かけます。公園の横のブロック塀の下、そこにいつも、ねこまんまが置いてあるのでした。
強い日差しに片っぽ角はすっかり日焼けして、金色だった体はまだらな茶色に、そしてだんだん白っぽくなりました。針金はゆるゆる、わらの手足はぼさぼさになりました。
それでもやっぱり片っぽ角のトナカイは、片っぽ角のトナカイでした。
しっぽまがりが、ねこまんまを食べていると、小さな男の子がやってきました。
「マロン! マロン! 大きくなったねえ」
お姉さんらしい女の子も一緒です。しっぽまがりは、そろりそろりと近づいて、にゃーと鳴きました。
「かわいい! マロン。ほらお食べ! 」
女の子がチーズのかけらをさしだしました。
「わあ、手から食べたよ! 」
しっぽまがりはチーズを一口で飲みこむと、女の子の手の平のにおいをかぎました。
「もうないの。ごめんね」
「ねえ、お母さんに言ってもやっぱりだめかなあ」
「だめにきまってるじゃない。うちはアパートだもの。猫はかえないわよ」
男の子と女の子は、顔を見合わせてためいきをつきました。
食べ終わったしっぽまがりは、ひらりと塀の上に飛び乗りました。
「バイバイ。マロン!」
「マロン、またね!」
子供たちが行ってしまうと、しっぽまがりはあたりを見回しました。
「片っぽ角さん! 片っぽ角さん! どこ?」
「ここにいるよ! そんなでかい声で呼ばなくったってさ」
片っぽ角はひまわりの花壇の下にいました。
「どうしたの? 片っぽ角さん。なんか怒ってるの? 」
「怒ってなんかないさ!」
「怒ってるよ」
しっぽまがりは、うつむいて自分のまがったしっぽをなめました。それから、片っぽ角のばさばさになった背中もなめました。
「おいら、別に怒っているわけじゃないけどさ……きみ、いつからマロンって名前になったのかと思ってさ」
しっぽまがりはびっくりして顔をあげました。
「違うよ! 子供達はそう呼んでるけど、ぼくがしっぽまがりだってことは、きみが一番良く知ってるじゃないか! あ、ごめん!」
びっくりしすぎてつい、片っぽ角の背中につめをたててしまっていました。
「きみが付けてくれた名前だよ」
しっぽまがりは、今にもべそをかきそうです。
「分かってるよ。ごめん。分かってるってば」
片っぽ角は心の中で自分に言い聞かせました。
「きみはしっぽまがりで、おいらは片っぽ角だってこと」
そろそろ夏が終わろうとしていました。

→「わらのトナカイ(後編)」へつづく

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