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『わらのトナカイ(後編)』高橋桐矢

いつのまにか風が透明になりました。花壇のひまわりは、重そうに首を垂れて、少しずつ白と黒の種をふくらませています。
しっぽまがりと片っぽ角のトナカイはいつも一緒にいました。しっぽまがりが、アパートのブロック塀のところで、ねこまんまを食べている時だけは、片っぽ角は少し離れたところで待っていました。
「おいらの角をつかんで、ぶんぶんふりまわしたのも小さな男の子だったんだ」
「あの男の子はそんな風には見えないけどな。ぼくが食べてる間、そっと背中をなでるだけだよ」
しっぽまがりはちょっと赤くなってつけたしました。
「それからすこし、だっこしてくれるけど」
片っぽ角は何も言いませんでした。枯れ葉が一枚、ひらひらと落ちてきました。

公園のイチョウの木が毎日葉を落として、とうとう丸はだかになりました。風は一日ごとにますます冷たく透明になっていきました。
灰色の空から、冷たい雨がふってきました。片っぽ角のトナカイとしっぽまがりはすっかり雨にぬれてしまい、公園のすべり台の下で雨宿りをしていました。
夏の雨ならシャワーのつもりで、ぬれながら遊ぶこともできました。でも秋の終りの雨は冷たくてそれどころではありません。
しっぽまがりは小さく震えていました。
「寒いかい?」
片っぽ角はわらでできていましたから寒さなんてへいちゃらでした。
「ううん。大丈夫」
強がっているのが見てすぐわかりました。ぬれた体をかわかそうと、ひっしになめています。
こんな日は、だまっているとどんどんからだが泥の中に沈んでいくみたいな気がしました。
せめて楽しいことを話したいと思いました。雪の夜、きらきら光るもみの木の下でチキンとシチューのいいにおいがしたあの夜の話を。
「ねえ、しっぽまがり。クリスマスって知ってる?」
「ううん。それ……なあに?」
「きらきら光ってきれいなんだ。それからね、とってもおいしいにおいがするんだよ」
しっぽまがりは身を乗り出しました。
「どんな味?」
「すっごくおいしいよ。食べたことないけど。それに真夜中になるとサンタさんが来るんだよ。おいら眠りそうだったけど、ちゃんと見たんだ!」
目の前にサンタさんが見えるような気がしました。
「やわらかくって、あったかくて、やさしいんだよ」
しっぽまがりはうっとりしてうなずきました。
冷たい雨はやみそうにありませんでしたが、片っぽ角としっぽまがりは体を寄せ合って、あたたかい夢を見ながら眠りました。

「もうすぐ雪がふりそうな気がするよ」
片っぽ角のトナカイは空を見上げて言いました。灰色の雲が空をおおっていました。
「雪ってどんなかなあ」
しっぽまがりは雪を見たことがありません。
「ほこり、みたいなもんさ!」
「なんだ、ほこりかあ!」
しっぽまがりはねこまんまを食べに行き、片っぽ角は花壇に座って待っていました。夏にはひまわりが咲いていた花壇には葉ボタンが植えてありました。
しっぽまがりがねこまんまを食べはじめると男の子と女の子が走ってきました。
「マロン!」
食べおわるのを待たずに男の子がしっぽまがりをだき上げました。
「うちで飼えることになったんだよ!」
しっぽまがりはにゃーとなきました。
「嬉しいのね! よかった!」
女の子がしっぽまがりを抱きしめました。
「新しいお家に引っ越すの。今度のお家はアパートじゃないから猫を飼ってもいいのよ。マロン! 一緒においで!」
「片っぽ角さん! 片っぽ角のトナカイさん! 」
しっぽまがりは、手足をばたつかせました。
「あばれちゃだめよ。家に行きましょう」
「片っぽ角さん!」
しっぽまがりは大きな声で呼びました。べそかき声でなきました。
「にゃー」
「大丈夫。新しいお家は広くて暖かくてお庭もあるのよ!」
いくら呼んでも片っぽ角のトナカイは来ませんでした。

「しっぽまがり……」
片っぽ角のトナカイは小さな声でつぶやきました。空はますます厚い雲におおわれて今にも雪が降り出しそうです。
「しっぽまがりは、おいらみたいに寒さに強くないし、すぐべそかくし……」
片っぽ角は空を見上げました。
「雪がふる前に、あたたかい家に行けてよかったよ。おいらじゃ、きみをあっためてあげることができないもの。だっておいら、わらでできてるんだもん」
片っぽ角のわらの体は、寒いはずなどなかったのですが、なんだか、体がずんと重くなって冷たく凍ってしまいそうでした。
もう「片っぽ角さん」と呼んでくれる友達はいません。
片っぽ角は、花壇にうずくまりながら思いました。どんなに寒くてつらくても、誰かが名前を呼んでくれたら、ぼろぼろになった体のどこからか力がわいてきてまた歩けるんだけど……。
名前を呼んでくれたのはしっぽまがりだけでした。
いえ、誰かもっといたはずです。
「そうだ、あのクリスマスツリー!」
あの小さな庭のもみの木の下で、トナカイの兄弟たちは、5頭並んでサンタさんを待っていました。あのころは、みんな首におそろいの赤いリボンを巻いていましたっけ。同じ金色の体に同じリボン。でも、クリスマスツリーは、確かに「片っぽ角くん」と呼んでくれました。
「行ってみるかあ」
片っぽ角は、鼻をふふんと鳴らしました。あの町からずいぶん遠くにきましたが、道は覚えています。
わらの足で地面をけって、道をかけだしました。

坂道を下って登って、川を渡って町をこえて見覚えのある小さな家の前に来ました。
小さな庭の真ん中にもみの木のクリスマスツリー。銀のモールとぴかぴか光る電球コードを巻きつけて、足元にはわらで出来た五匹のトナカイ。なにもかもあのときと同じでした。
違っていたのは、トナカイたちが金色ではなく銀色のスプレーでぬってあったことと、クリスマスツリーのてっぺんに星を付けようとしているのが、少し背ののびた男の子だったことです。去年はおかあさんがつけていたはずでしたが。男の子は、台の上にのって精いっぱい背伸びしててっぺんに星を取り付けました。もうひとりの男の子は台をしっかり押さえています。
「気をつけてね」
お母さんのお腹が丸くふくらんでいます。男の子が星をつけおわって台からぴょんと飛び降りるとお母さんは、ほっとした顔でお腹をなでました。
「ありがとう。助かるわ。来年になったら二人とも、おにいちゃんになるんですものね」
もう男の子達は、トナカイを取り合ったりしていません。台を物置に片づけるとお母さんをかばうようにして三人で家の中に入って行きました。
「今日、お父さん帰ってくるよね?」
小さな男の子が言いました。
「ええ、お土産いっぱいもってね」
「それまでぼくらがお母さんを守るんだぞ」
お兄ちゃんが弟に言い聞かせるように言いました。
三人の姿が見えなくなってから、片っぽ角は、そっと庭に入って行きました。もううす暗くなりはじめています。
「やあ」なるべく元気そうな声でクリスマスツリーに話しかけました。
「クリスマスだね!」
もみの木は、薄汚れたわらのトナカイを見つけて、優しい声で答えました。
「こんばんは」
片っぽ角はお腹の中がじんわりあたたかくなるような気がしました。新しい銀色のトナカイたちにも挨拶をしました。
「はじめまして! おいら今まで長―い旅をしてきたんだ!」
銀色のトナカイたちはしばらくもぞもぞしていましたが、5頭一緒にもみの木を見上げてたずねました。
「クリスマスツリー、この人が誰か知ってる?」
もみの木がゆれて、さわさわ音がしました。
「う~ん、なんだか知っているような気もするけれど、どうも、思い出せないんだ」
とたんに、片っぽ角のトナカイはお腹に真っ黒な石をつめこまれたような気がしました。
「そりゃないよ。ほら見てくれよ。おいらだよ。片方の角がないだろ? 覚えてるだろ?」
クリスマスツリーは首を振りました。無理もありません。片っぽ角のトナカイはもう、角どころか手も足も見分けが付かず、まるでぼろぼろのタワシのようでした。
「おいらの名前を呼んでくれたじゃないか」
片っぽ角は力なくつぶやきました。
もう辺りはすっかり暗くなりました。きらきらまたたくクリスマスツリーの下で、新しいトナカイの兄弟達は銀色に光っています。
片っぽ角の薄汚れた体は夜の闇にまぎれて、本当に自分がここにいるのか分からなくなりそうでした。片っぽ角の名前を呼んでくれる友達はもう、本当に誰もいないのです。
しばらくして、お父さんが帰ってきました。お父さんは玄関の横に落ちていた片っぽ角に気付きもしませんでした。
長い夜でした。すぐ近くに明るくまたたくクリスマスツリーがあるのに、片っぽ角は真っ暗な夜の中で一人ぼっちでした。チキンとクリームシチューのいい匂いがしてくるのに、片っぽ角のトナカイを誰も呼んでくれませんでした。

子供たちの声が聞こえてきます。いつのまにか片っぽ角は眠っていたのでした。もうお昼を過ぎているのかもしれません。
空はあいかわらず、重い灰色に曇っています。
お兄ちゃんと弟がほうきを持って庭の落ち葉を集めています。去年は、お母さんが掃除をしていたのでした。そして、それから、いったい何をしたんだったっけ……。もう起き上がる気力もありませんでした。体をしばった針金ももうばらばらにはじけてしまいました。
片っぽ角のトナカイの鼻……もと鼻があったあたりに、ひやっと冷たいものがふれました。
「雪だあ!」
小さな男の子が歓声を上げました。お兄ちゃんは弟をたしなめました。
「ほら、雪がつもる前に終らせなくちゃ。お母さんから、いもをもらってこいよ」
「うん! 」
去年はあのお兄ちゃんが、おいらの角を持ってぶんぶん振り回したんだっけ。
お兄ちゃんが、片っぽ角に近づいてきました。
「なんだこれ」つまみあげて言いました。
「まあ、いいや、たき火にしちゃおう」
そうだ、たき火になってけむりになっちゃうのがいやで、おいら飛び出したんだった。なんだか信じられないくらい昔の事のようでした。庭の真ん中には、落ち葉の山と、その上に、銀色の新しいトナカイの兄弟達が5頭とも積み上げてありました。
「きみたち」片っぽ角は銀色の兄弟達に話しかけました。
「これからどうなるか知ってるかい?」
兄弟たちは首をふりました。
「けむりになるのさ」
片っぽ角ははき捨てるように言いました。おいらはどうせもう片っぽ角のトナカイじゃない。だったら、けむりになろうが、雲になろうが同じこった。
もう、半分やけくそでした。
「火をつけてもらわなくちゃ」
そう言って、男の子が家の中に入っていきました。
片っぽ角のトナカイは空を見上げました。ほこりのような雪がはるかかなたから降ってくる空。もうすぐけむりになって上っていくんだ、そう思ったその時、細くて小さな声がしました。
「きみ……片っぽ角のトナカイ?」
片っぽ角はビクッとしてあたりを見回しました。銀色の兄弟達も目を丸くしています。気のせいかしら……そう思いかけた時、また声がしました。
「やっぱり、片っぽ角だね? 久しぶり!」
片っぽ角は下を見て、横を見て、それから真上を見ました。雪があとからあとから踊るように舞いおりてきます。
話しかけてきたのは、その雪の一ひらでした。
「ぼく達も旅をしてきたんだよ。長い長い旅だったよ!」
今こそ、片っぽ角にも、雪の一ひらが誰なのか分かりました。一年前のクリスマスの日、煙になって空に上っていった、金色の体の兄弟達。一緒にお花屋さんからこの庭にやってきて、クリスマスツリーの下で仲良く並んでいた、片っぽ角のトナカイの兄弟達。
「きみ達! よく、おいらがわかったね! だっておいら」片っぽ角はせきこみそうになりました。
「角は一本もないし、金色じゃないし、針金もはじけて、こんなにぼろぼろになっちゃったのに!」
でも片っぽ角も、けむりになって、今はほこりのように小さな雪の一粒になってしまった兄弟達が分かったのです。もう、金色でもなく、首の赤いリボンもないのに。
兄弟たちは、言いました。
「楽しい旅だったよ。空のはしっこまで上がっていったんだ。空から見る景色は最高だったよ。それからいくつも山を越えたんだよ。海まで」
兄弟の一人が落ち葉の山に落ちてふっと溶けて消えました。
「海まで行ったんだ。嵐にもあった。かもめたちの話がゆかいだったね。それからぼくたち、雲になって」
二人目の兄弟が、芝生の上に落ちて溶けて消えました。
「雲になって、ぐるぐる回りながら冷たくなって氷の粒に」
三人目の兄弟が溶けて消えた時、子供たちとお母さんが家から出てきました。
「まあ、よくお掃除ができたわね。じゃあ、火をつけますから、あぶないから少しさがっていらっしゃい」
お母さんは、針金でしばられたタワシのようなものに目をとめました。
「これが、いいわね」
からからに乾いたわらの体にライターを近づけると、パッと火が付きました。
「会えてよかった。片っぽ……」
四人目の兄弟は、最後まで名前を呼べないまま、炎にのまれて消えました。
もう、片っぽ角は、呼んでくれる友達がいなくても平気でした。角がなくなってもけむりになっても平気でした。雪の一ひらになったら、しっぽまがりがもらわれていった家をたずねてみようと思ったら、なんだかワクワクしてきます。
炎が大きくもえあがり、きらめく火の粉に、薄いけむりが楽しげにゆれて、笑いながら天に昇っていきました。
終わり

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コメント

コメント一覧 (3件)

  • 涙が出そうなお話です。全ての人生に終わりはあるのですが、その終わりがこんなに素敵な始まりだとしたら、怖がることはないですね。

  • わ~~汗!
    コメントいただけるなんて、恐縮です。
    ありがとうございます、ありがとうございます。

    ミルンさん
    読んでくださってありがとうございます。お言葉にわたしも泣きそうです。

    大口さん
    コメントありがとうございます。そう言っていただけて、アップしたかいがありました。

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